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会社設立50周年

11月4日  当社は満50歳を迎えました。
当社は昭和34年11月4日に有限会社谷口製陶所として土岐郡笠原町に50年前に誕生しました。
その後昭和38年に現在の地、可児郡広見へ可児工場として進出。
昭和60年には本社を可児へ移転。
平成14年、当時の谷口製陶所を3つの会社に分割し現在のTNが誕生しました。
当社は分割前の会社を引き継ぐ元会社であるため今期の決算書は第51期であり
今日はまさに50歳を迎える日に当たります。
会社が50歳まで生きられる確率はどの位でしょう?
調べたところ、何と0.7%だそうです。
まれにみる長寿会社のようです。
50年前の今日はどんな日だったのでしょう?
創立者である3人の若者(谷口氏2名と私の父)はすべての私財を投入し魅力あるタイル産業に挑戦した記念すべき日であったと思います。
話は少し飛びますが、私は来年の3月で50歳になります。
以前母に会社設立のころの父の話を聞いたことがあります。
当時の父は母と結婚して半年程度でした。
そのタイミングで前の会社から谷口製陶所へと移り、新婚生活もすべて会社の設立準備に当てていたようです。毎晩遅くまで設備関係の打ち合わせや時には従業員確保のために九州へ出張。
名古屋の商社勤めだった母は田舎生活にも慣れておらず、その上私を身ごもっており、寂しく不安な日々を過ごしたものだろうと思います。
しかし当時は戦後復興の真っただ中であり、世の中も活気づき始めたころだったため、多少の苦労はその勢いのため我慢できたのでしょう。
そして50年前の今は、20代の若者3人が大きな夢を見ながら、死に物狂いで働いていた時期だったようです。
さて、それから50年。今はその時と比べるとどうでしょう?
当時が成長期なら今はまさに衰退期。
業界自体が大きな変化を迎える時期となっているようです。
しかし考えようによっては同じ状況とも言えます。
当時は食器の窯焼きが主流で、しかも単独窯で生産されていました。
そこへトンネル窯が開発されタイル市場が成長し、今までの常識が一気に崩壊した時期でした。
今までの金持と今日からの金持がたった数年で入れ替わった時期でもありました。
まさに「ガラガラ・ポン」で世の中が生まれ変わってしまったのです。
そして今はどうでしょう。
成長と衰退でかなり状況は変わりますが、「ガラガラ・ポン」の状況については全く同じではないでしょうか?
タイル業界の常識が変わる今、当社はどうやって次の時代へ移り変わればよいのか?
新しい天命をどう位置づけるか?
そしてこれから50年後はどうなっているのか?
今まさに50年前と同じ
「産みの苦しみ」を味わっているようです。
今日は先人に対するお礼とこれからを見つめるために一日を使いたいと思います。

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